いじめられいじめた大学生がいじめについて考えてみた

日常

皆さんはいじめられたことがありますか?

誰かをいじめたことは?

実はぼく、いじめたこともいじめられたこともあるのです。

いじめ問題は昔からよく話題に上りました。

現代はいじめにおいても様々な方法が取られて対策も難しくなっています。

今回は自身のいじめの経験に基づいてお話したいと思います。

いじめの定義は?

いじめとは、

文部科学省の定義においては、児童の一定の人間関係のある人物から、精神的、物理的な攻撃を受けたことで苦痛を感じていることであり、国際的には児童に限らず「自尊心を損なわせ弱体化させることを目的とした、執念深い、冷酷な、あるいは悪意のある企てによる、長期に亘って繰り返される不快な行為」

です。(引用-Wikipedia)

定義ではこのように定まっているのですが実際のところ見極めには困難を極めます。

いじめはなくせないの?

いじめは果たしてなくせるのでしょうか?

この疑問は長年にわたって話されてきました。

現状、多くの人や団体がいじめを撲滅しようと盛んに活動をしています。

その結果はどうなのでしょうか?

いじめは増えている?

2017年10月26日、文科省が2016年度のいじめの件数が過去最多の32万3808件であったと発表しました。

この発表には大きな反響がありました。

この後、新聞で大きく取り上げられました。

ぼくもこの記事を見て怖いなあと考えた記憶があります。

ただその時はいじめとは無縁の状態で過ごしていたのであまり深くは考えませんでした。

いじめって確かに大きな問題ですが、その当事者でないと深く考える機会はあまりないです。

これが周りの人たちがいじめを止めない理由のひとつなんだなあと感じました。

周りの人はなぜ止めない?

上で述べたように、実際にいじめを受けてみないといじめについて考える機会あまりないです。

いじめをそこまで大きな問題と考えないのです。

そこまで苦しくはないだろう、別に気にしていないだろう

こう無意識に思ってしまうんですよね。

他にも周りの人がいじめを止めない理由はあります。

これは残酷なことなのですが、周りの人も一緒になっていじめるケースです。

周りの人が一緒になっていじめるといじめられている人の心理的苦痛も大きいし大きな孤立感を与えます。

周りの人と一緒になっていじめるのは仲間内で一種の遊びと捕えてしまうことが多く、いじめとは意識されにくいみたいです。

恐ろしい話ですよね。

このタイプがよく見るようないじめですね。

最近はSNSや掲示板サイトなどの発達もあり匿名である人の誹謗中傷をネット上に書き込んだりします。

ネット上だと匿名なのが厄介で、匿名であることをいいことに気軽に人を攻撃してしまう人もいます。

匿名だと誰かわからないので止めようがないのです。

ぼくの実体験

ぼくはいじめられた経験があります。

さらに恥ずかしいことにクラスメイトをいじめてしまっていた時期もありました。

中学時代には級長をしており、クラスで起きたいじめをなくそうと努力した時期もありました。

以下はすべてぼくのいじめに関する実体験と感じたことです。

実際にいじめられて

小学3年生くらいだったでしょうか。

クラスメイト3人にしょっちゅう付きまとわれていました。

ある時は耳を思いっきり引っ張られたり、

ある時は体操服の首元が伸ばされてビロンビロンになっていたり、

ある時は壁に3人がかりで押さえつけられて身動きが取れなかったり…

いじめの部類では大したことないかもしれませんがこの3人組に会うのがとても嫌でした。

他のクラスメイトは気づいていないようでした。

仲良くじゃれているとでも思っていたのでしょうか?

幸いなことにぼくはかなり負けず嫌いな性格でこいつらを懲らしめてやろうと思っていました。

昔のぼくは結構ずる賢かったと思います。

「いじめのことを親に相談したら怒った鬼親が学校に乗り込んでくる」というストーリーを作りました。

それを実際に話したときのあの3人組の顔は忘れられませんね。

幽霊でも目撃してしまったような顔をしていました。

それから彼らは態度を変え、ぼくは平和に過ごせるようになりました。

いじめられると周りの人がすぐに助けてはくれません。

そもそも助けてくれるとも限りません。

ぼくみたいに反撃できる人ならまだましですが、反撃できなっかたらそのまま泣き寝入りするのみです。

仲の良い友達ですら気づいてくれませんでした。

いじめられると周りが信じられなくなります。

これが小3の幼心で感じたことです。

実際にいじめてみて

こちらは小学6年生の時です。

クラスにちょっといじると反応が面白かった子がいました。

ある日ぼくは2人の友人とその子にちょっといたずらをしようと思いました。

そこで偽のラブレターを彼に渡そうと考えました。

偽のラブレターは字を女の子っぽくして割と丁寧につくった覚えがあります。

ぼくたちはそれを彼が登校してくる前に彼の机の中に入れておきました。

彼が教室に入ってきて机の中を見た時ぼくたちはとてもわくわくしていました。

ラブレターを見て少し微笑んだような顔はまだ心に残っています

そこからぼくらは彼がラブレターを貰ったことをいじり始めました。

これがいじめとは考えてはいませんでした。

こう言ってしまえば無責任なものですが…

これをいじめだと初めて認識したのは担任の先生に注意された時です。

ぼくらが意地悪していたのを先生が見ていたみたいです。

先生が注意してくださらなければさらにヒートアップしていたかも知れません。

先生はぼくたちにちょっとしたことでも人がいかに傷つくかを教えてくれました。

それからこの一連のいたずらはぼくの中で汚点のような悪い思い出になりました。

ふてくされているのではありません。

いじめをしているなんて思ってなかったからです。

いじめだと言われて初めて気付く、これがショックだったのです。

身をもって知りましたが、やはり小学生くらいのいじめはたいていは無自覚なのです。

いじめ撲滅活動を通して

ぼくは中学1年生のとき級長(クラス長)でした。

このクラスでは少しの間ですがいじめがありました。

ある女の子がカバ、カバと呼ばれていました。

ここではMちゃんとしておきます。

クラスの一部の人たちからですがかなり酷かったのを覚えています。

自分自身がいじめ、いじめられた経験があるためとても心が痛みました。

ぼくは級長としてこのいじめをなくそうと計画しました。

まずは担任の先生に相談しました。

驚いたことに担任の先生は気づいていませんでした。

あんなに酷いいじめに気づいていなかったなんて…

確かにいじめている側は先生がいないところで動いている感じでした。

きっとどこかで後ろめたさを感じていたのかも知れません。

ぼくはいじめている側の意識を変えるしかないなと思いました。

Mちゃんは容姿についていじられていました。

結構残酷なことですよね。

もともとMちゃんは人柄もよくクラスではわりと人気者だったので容姿に負けないくらいMちゃんの良さに注目してもらえるような努力をしました。

例えばクラスのよく頑張っている人や思いやりのある人を発表する場を設けたりするなどしました。

ぼくが予想した通り毎回Mちゃんはよく頑張っている人、優しい人に選ばれました。

それを重ねていくうちにMちゃんのイメージが正しく上書きされて誰も容姿で笑う人はいなくなりました。

めちゃくちゃ悩んだ末の案でしたが自分でもうまくいったと思います。

ぼくのクラスの場合はたまたまうまくいきましたがいじめをなくそうとするのがいかに大変かを身をもって体感しました。

思いやりよりマナーを

個人的にいじめは完全にはなくならないと思います。

たぶん皆さんもそう思っていると思います。

いじめは相手を思いやる気持ちで解決するとどこかで目にしました。

いじめられている人に手を差し伸べようと。

確かにこれは間違っていないと思います。

だけどいじめられいじめたぼくには別の考えがあります。

思いやりよりマナーです。

人の心を踏みにじらないような最低限のマナーがあれば大抵のいじめは防げると思います。

結局は意識の問題なのです。

問題はいかにそのマナーを小さい頃から身につけるかです…

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